光明を得るために ②



以前、「先生はどうしてヨガを教えているのですか?」と聞かれたことがありました。


周りにいた人々は、笑っていましたが、本人は大変真面目に質問をしていたと思います。



答えは、「光明を得てもらいたい」

これに尽きますが、その時はもう少しオブラートに包んだ言い方をしたように思う。



ヨガ、瞑想をする目的は、皆様ざまです

体の柔軟性を求めてくる方が初めは大半ですが、その奥には様々な問題を抱えている場合が多いです。
もしろ人間に生まれた以上、様々な問題を抱えて生きることは常であります。


アンチエイジング、健康問題、メンタルケア、スピリチュアル、退屈から逃れること


ありとあらゆる事が、ヨガをすることで、満たされ、叶えられていきます

一時的に、叶えられると、ヨガから離れたり、もしくは違う何かに心を囚われて、ヨガをしなくなる時期が来たり

そして、叶えられない場合は、また違うものに、依存していくこともあります。

それは、それで、よいです。

そして、また何かのきっかけでヨガ、瞑想の世界に戻ってくる





悟りを得ていないということは、「毎日眠りながら生きている」も同然なのである。

だから、目を覚まして生きるという事を体感してもらい


目覚めてから、やっと、あなたの生は始まります。


体や心の問題は、すべて、悟りを得てしまえば、問題にはならないのは当然。


あなたが、何のために生きるのかは、どのようにして生きるのか、それは、自由であり、関与することではもちろんありません


けれど、本質的なことに目覚め始めてきている人には、良いきっかけになることでしょう



ヨガではなくても、実際に、悟りを得る(光明を得る)ことは可能であります

けれどヨガはとても簡単に取り入れられ使い勝手が良いので私は好きです。



観念、虚構 不安 想念 思想 すべての、本質ならざるものから光明へと

心 思考の全過程を暴いてみることをお勧めします


日々、健やかな毎日が送れますように